プレー・アカデミー with 大坂なおみのパートナーであるナイキとローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団(以下「ローレウス」)は、2024年10月16日〜20日に「女の子のためにスポーツを変えるウィーク – COACH THE DREAM –」を東京で開催した。
期間内には東京サミットにおけるパネルディスカッションや、COACH THE DREAM指導者研修など、コーチングの視点からスポーツへの参加率が低い女の子たちをどのように導くことができるかを話し合い、学ぶ機会が設けられた。
ナイキのチーフ・インパクト・オフィサーであるヴァネッサ・ガルシア=ブリトー氏はその意図について次のように話した。
「私たちが知っているのは、コーチの役割は変化を起こすために⾮常に重要であること。そして、⼥の⼦たちは⾃分たちと似ているコーチ、⾃分たちを代表するコーチ、⾃分たちが本当にそこに所属しているような環境を作るコーチを必要としている。私たちの究極の⽬標は、スポーツが⼥の⼦たちの感情的、社会的、⾝体的発達、およびメンタルヘルスにおいて果たす重要な役割に関する社会的および⽂化的意識を変えることだ」
Center for Healing and Justice through Sportのメーガン・バートレット氏はヴァネッサ氏とローレウスのアンバサダーであるミッシー・フランクリン氏とのパネルディスカッションに登壇し、スポーツと遊びが女の子たちの心身の発達に重要な役割を果たすと強調し、コーチがその経験を形作る独自の立場にあると述べた。
「変化が必要なこと、変化を起こすために必要なことを考えると、私には常にコーチが浮かぶ。コーチが、⼥の⼦たちに良い経験を与えるためのインクルーシブで安全な環境を創造するために必要なスキルを持っていることを確認する必要がある。コーチが⼥の⼦たちに勇気を与え、スポーツに楽しさを見出せることに焦点を当てた環境を作ることができるように、コーチに対してツールを投資することができれば、変化を起こすために必要な鍵を握ることができる」
女の子のスポーツ参加率が低い現状に変化をもたらすためにはコーチの存在が不可欠です。「女の子のためにスポーツを変えるウィーク – COACH THE DREAM -」の5日間では、コーチの役割や意識すべきポイントが提示され、参加したコーチたちに多数の学びをもたらした。
当事者である女の子と共に改善策を考える
「女の子のためにスポーツを変えるウィーク – COACH THE DREAM -」では、本テーマの当事者である女の子たちも実際に参加して行われたことが大きな特徴だ。DAY3の東京サミットでは女の子からのスピーチがあり、DAY4では9-15歳までの女の子が一流アスリートとともに運動を楽しむ「ガールズセッション」が行われた。
S.C.P.Japan 代表理事の井上由惟子氏は、当事者の参加が重要なポイントと振り返る。
「こういったイベントは、おとなだけで議論がなされてしまうことが多いが、今回のサミットでは女の子の声を聞くことのできる場面があったことが印象的だった。しっかり声が聞かれる機会さえあれば、子どもたちは思いをさまざまな方法で表現することができ、さらに自分の意見や気持ちを伝えることができたという経験がまた人をエンパワーしていくのだなと、生き生きと発表をする彼女らを見て感じた。コーチである私たちが日常の活動の中で子どもたちの意見や気持ちにしっかり耳を傾け、声が聞かれる場を作ることがとても大切であることを改めて実感した」
イベントに参加した流通経済大学HERSプログラム・マネージャーの鈴木啓太氏は、当事者である女の子から次のようなことを学んだと話す。
「サミット3日目には、プログラム参加者2名による発表を聞いた。その中でスポーツは環境や機会によっては『自信を失わせるもの』となり得る一方で、同性の指導者やロールモデルとなる人物がいるなど、適切なスポーツ環境が整えば『新たな自分を発見し、自信を育むもの』となることを、実際の体験談を通じて知ることができた。スポーツの可能性やその環境づくりの重要性を改めて感じた」
コーチだけで議論をして一方的な理想論を固めるのではなく、女の子たちと議論を重ね、意見を尊重しながら方向性を考えていくことが大切であることを確認した。
すべての女の子が自分の居場所と感じられる前向きな環境の提供にはコーチの学びと努力が不可欠
最終日に実施されたCOACH THE DREAM指導者研修では、「トラウマに配慮したコーチング」をテーマに2つの視点から講義やグループワークが行われた。「脳とトラウマの関係性を理解する」、そして「いかに指導者が子どもたちとポジティブな関係を築くか」の2点だ。
研修をリードしたのは、米国を拠点に「トラウマに配慮したスポーツコーチング」を展開するCHJSから、1.5か月間にわたりトレーニングを受けた日本人マスターコーチたち。その1人として参加した井上氏は研修内容から次のような学びがあったと振り返る。
「リズミカルな繰り返しのパターン化された動きが時に安心を醸成するということが脳科学の視点からも理解できたことが嬉しかった。最近は体育やスポーツ活動でパターン化された準備運動などが煙たがられることが多いが、私自身子どもの頃サッカーの活動の中でいつも通りに練習が始まることやパス交換の練習を繰り返し行うことで、安心を感じられた経験があったため、現場の子どもたちに合わせて様々な運動動作や手法を使い分けることが大事なのだと改めて気づくことができ、納得がいった」
日本人マスターコーチでもある鈴木氏は、ポイントとして「環境づくり」の重要性を挙げる。
「『過度なストレス環境下では学びやスキルの習得が十分に進まないこと』や、『選手がスポーツを通じて人間性の成長や競技スキルを向上させるためには、スポーツ環境においてポジティブな人間関係や心理的安全性が確保され、選手が仲間やその場につながりを感じられることが重要である』という点を深く理解することができた。また、指導者やスタッフがこれらの要素を十分に理解し、意識的に「環境づくり」を行うことの重要性を改めて実感した。選手にとってより良い環境を提供するためには、指導者自身の学びと努力が不可欠であることを強く感じた」
「理解」から「実践」へつなげる
コーチの役割は、女の子がスポーツや遊びを楽しめる機会や環境をつくり、成長をサポートしていくことであると、「女の子のためにスポーツを変えるウィーク – COACH THE DREAM -」に参加したコーチたちは理解を深め、5日間のイベントは終了した。
「理解」から「実現」へとつなげるためには「コーチが向上を続けることが重要」とバートレット氏は話す。
「コーチとして向上し続けるために、コーチは1)フィードバックを求め、2)定期的に振り返る時間を設けるべきだ。コーチは、選手や保護者、他のコーチから直接フィードバックを得るための公式・非公式の時間を設けるべきである。『何か変えてほしいことはありますか』と若者に尋ねるだけで、コーチが若者の経験を向上させるために(ひいてはコーチとして向上するために)できる大小さまざまなことを発見することができる。練習の終わりに全員が1分間静かに内省する時間を設けることで、コーチは自分の生活の他の部分に移る前に、もっと違うことができるのではないかと考えることができる」
今後も現場でコーチとして女の子たちと関わっていく井上氏と鈴木氏は、未来に向けて次のように話す。
「これまでよりもより一層、子どもたちの声を『聞く(聴く)』ということを実践していきたい。活動に参加する女の子たちに『あなたの声は重要』ということを繰り返し伝えていきたい。一方で、声を発するということに最初は多少のストレスを感じる子もいると思うので、トラウマに配慮したコーチングで学んだ通り、子どもたちがそのストレスをうまく自身でコントロールできるよう、安心できる空間を作ることも心がけたい」(井上氏)
「選手の行動や声、さらにはチーム環境を意識的に俯瞰して見ることができるようになったと感じている。女の子にスポーツの機会を創出するだけでなく、継続してスポーツに取り組める『スポーツ環境づくり』の重要性にも意識を向けるようになった。現在はまだ行動レベルでの具体的なアクションには至っていないが、チャレンジしていきたい」(鈴木氏)
本イベントでは、この記事で紹介した「コーチが意識すべき役割やポイント」をまとめた「女の子のスポーツ参加を促す指導者ガイド」を発表した。